ボルボ、湾岸西ゆき。
最後に間違い電話をかけたのはいつだったか、そもそもここ数年間で番号を入力して誰かに電話をかけるという行為をしただろうか。
20世紀以前に書かれた優れた文学作品にはある共通点がある。物語に携帯電話が登場しないことだ。
人々は、今日もどこかで間違い電話をかけている。
PM21時。首都高湾岸西ゆき。
ボルボV50を転がしていると、そんな雑多な思考が浮かんでは消える。お台場のネオンライトを横目に見ながら、観覧車で肩寄せ合ってる影に想いを馳せる。
伝えたいメッセージなんてほとんど変わらないはずなのに。教えてくれボルボ、俺は何を伝えたいんだ?
直列5気筒エンジンは無機質に2000回転を維持している。羽田のトンネルを過ぎたところで、ベイ・FMの入りが悪くなる。
随分遠くまで来たもんだ。どこまで連れて行ってくれる?ボルボ。
こっちは雪が降らなくていいだろう?スウェーデンにいた頃は、さぞかし寒かっただろうな。
お前と会えてよかったよ。ずっと、一緒にいような。俺がくたばっちまうか、この地球上のガソリンが最後の一滴になるまで。
もう電話をかけることはやめたよ。大抵ひどく酔っ払っていて、良い結果にはならないから。
まだ走り足りないのか?欲張りな奴め。なあ、明日も天気が良かったら、海を見に行こう。
お前のボディに潮風は悪いと思うけどさ、お互いスッキリすると思うから。
伝えたいことは、いつもすこしわからなくなる。
ボルボのシートに身を預ければ、悲しみは車窓に流れてゆく。
ベイ・FMがもう入らないとこまで来てしまった。
聞こえるのは、タイヤの音と、かすかな風切り音、そしてドライバーの静かな嗚咽だけ…。